青木　悦の本

　2001年7月名古屋市で起きた、小学二年生の女の子に対する虐待死事件に注目している。10月に行われた少女の母親(32歳)とその結婚相手の男性(29歳)の初公判に、私は日程がつまっていて行かれなかった。代わりに夫に傍聴してもらった。

　わが子に「塩と水しか与えず」(調べた医者によると赤血球が通常の3分の1だったという)、ふとんたたきで殴り、足の屈伸を数千回もやらせ、スタンガン、手錠まで用意し、その上その様子をビデオに撮っていたという虐待の実態がわかった。それらは翌日愛知県周辺の各紙で報道されたが、東京では報道されなかった。

　この母親と父親、どんなにか怖い人だろうと思った。しかし傍聴席で被告人を見た夫は「小柄で、ショートカットで、ジャージのシャツにGパン、顔色はまっ青というよりまっ白で、カタカタふるえていた。まるで子どものように見えた」と、その母親を表現した。この女性は「幼い頃、恐怖の中で育ったと言える」と、弁護人は申し立てたという。やはり、現地に行ってみなければ何もわからないと、この時も思った。

　折しもテレビのニュースは、9月11日、アメリカで起きた同時多発テロから始まった、アフガニスタンへの米・英軍の攻撃を伝えていた。この時以降、それまで大さわぎしていた兵庫県の、教員(34歳)によるといわれる少女手錠放置死亡事件も、大阪の池田小の事件(本誌2001年10月号参照)も、みんな見えなくなっていった。

　いつもそうだ。次に何か起きると、その前の出来事はなかったことになる、そういう報道の姿勢が問題だと言いつづけてきた。情報化社会というけれど、極めて種類は少なく、一つか二つの「情報」が膨大な量となって流される、量のみの情報化社会である。

　さらにテレビに映るアメリカの様子と、アフガニスタンの様子との「違い」に、あるショックすら感じる。金属と電気とガラスのアメリカに比べ、一方は千年もの時間差があるかのように見える土、泥、ワラ、木材、綿布ばかり。目をこらしてもテレビも冷蔵庫も見えない。「貧富の差」という言葉が空しくなるほどの「違い」を感じ、テロの原因をここにも考えてしまう。

　これがアフガニスタンの全てでもアメリカの全てでもあるまい。ただ、くり返しくり返し映されるニューヨーク世界貿易センタービル崩壊の映像の量と、アフガン難民の映像の量の格差、それこそが私にとっては大切な「情報」なのだ。

　若い頃、「新聞記者は、読者の半歩先を行け」と言われた。しかし今の「情報化社会」の中では、その「半歩」の意味が変わったと思う。半歩「早く」でも、半歩「広く」でも、半歩「多く」でもない。視点の角度の半歩、つまりどこに目を向けるかの角度なのだ。

　スピードと量にはかなわない。しかしやっぱり、名古屋のひとりの女の子の死と、ニューヨークの五千人の死と、アフガニスタンなど各地の紛争の中の数千、数万の死と、命の重大さに差をつけることなく、ひっかかり、こだわり、調べ、書き、語っていこうと、新しい年に向かって決心している。

　わが子をあそこまで虐げてしまう暴力の根っこのずっと先っぽに、ニューヨークにもアフガニスタンにもつながる暴力があるはずだ。ひとりの女の子の死は、現代社会そのものを映しているはずだ。