第三章 子どもを追いつめているもの
教育というシステム
私は「いま、子どもたちを追いつめるもの」として、三つのことをあげて話し歩いています。
子どもを追いつめるもの
<その一>として、「教育のシステム」、
<その二>として「親」、
<その三>として「友だち関係」です。
講演などでは時間的な関係もあって「教育のシステム」に関してはなかなかしゃべることができません。これをきちんと取り上げたいというのが、この本を書こうと思った動機のひとつです。
経済優先の価値観
１．システム
以上、見えてくるものとして大ざっぱにいくつかあげましたが、ここからは、それらの中で、私がずっと二十年近くにわたって、ということは８０年からずっとということですが、取材してきたこととからめながら、いま子どもたち、あるいはその親、（この親の中にはもちろん教員もふくまれます。保育士の方もふくまれます。職業はなんであれ、子どもを持って育てる人たち）が、みんな抱えてしまったある問題点について、あるいはその中に取り込まれてしまった状況について、ひとつひとつ考えていきたいと思います。
私たちの国はこの四十年間さまざまな教育政策をとってきました。６０年代にはじまった「人づくり、ハイタレント・マンパワー」から「期待される人間像」の提言。８３年の暮れに作られた臨時教育審議会の提言、それ以外にもその時々に文部省その間に、共通一次試験ですとか、養護学校の義務化ですとか、いくつも気になる政策が行われてきましたが、それらと事件をくっつけて報道されることが極めて少ないので、私はあえてここで言おうと思います。
これらの教育政策の最大の特徴は、前著「アスファルトのたんぽぽ」でも書きましたが、経済最優先の価値観の中で行われていったということです。本来教育は、政治とか経済から独立したものでなければならないと思います。いまおこなわれている政治や、さまざまな社会的なできごとについて本当にこれでいいのか、次の社会はもう少しいいものにしたいと考え、判断することができる子どもたちに育てていくことが教育だったはずです。そういう意味では、政治や経済から独立するどころか、現行政治を受け入れ、経済活動のための「戦士」を作るような政策だったと思います。しかし「学の独立」、これはなかなか「言うは易く、おこなうは難し」で、先進国でもそうできているところは多くはないようです。日本は特にこの部分ははっきりしていて、戦前からつながった教育への国の介入を国が手放さない、なんとしても教育は、国の政策の範囲内でおこなっていく、そういう執念のようなものを感じます。それが一番あらわれたのは「日の丸・君が代」の法制化ではないかと思います。国というものが、ほんとう私たちの意志をきちんと反映したものであればいいのですが、形の上ではそうなっていても選挙制度などを考えますと、実質はそうなっていないからこわいと思います。そういう中でいまの子も親も育ってきたのです。
子どもの側からこの事態を考えていきますと、子どもたちが一方的におとなから分けられた大きな基準は、おとなにとって、あるいはおとなが作った社会にとって、つまり経済活動にとって「役に立つ子」「役に立たない子」というものではなかったでしょうか。そのある意味での完成が、７９年の「養護学校義務化」にあったのではないかと私は思います。障害の中身も、いわゆる「専門家」といわれる人たちの判断で、さまざま細かく作られていきました。「障害」を次々と見つけだしていく「科学」に対して疑問を抱いていますが、いまとなっては、障害があると認定してもらった方が、かえって子どもにとっていいという、そういう状況さえあります。特にＬＤ児といわれる子どもたちは、ものすごいスピードで進む学校の「勉強」システムの中で、ＬＤだと判断してもらって新たなケアを求めるという親も多くなっています。現状で、しかもいまこの瞬間も毎日毎日、こういう学校に通う子どものことを考えますと、そういうことも必要だとは思います。しかしこの「障害」という言い方、分け方にも、私などにはどんなに話を聞いても納得のいかない部分があります。「科学」という名で、どんどん子ども脳や「心」を細分化していったとき、どんな社会が広がっているのか、荒涼とした思いで考えてしまいます。
もちろん、本人や親の選択にもよりますけれども、子どもたちが、多少の「障害」がある子もない子も、第一それが「障害」かどうか分からないのですから、みんな地域の学校に行くことができて、「障害のある子」を「ない子」がかばい、「障害のない子」の心の中の「障害」を、「障害のある子」が埋めていく、そう考えますと、「障害」と「個性」の区別はほんとうにむずかしくなっていくと思いますが、それが、子どもが集団で学び合うというシステムの唯一といっていい意義だったと考えます。しかし現実にはそういう場に学校がならなかった、そこに大きく、いまの状況を生む土壌があったと考えざるをえません。
おとなは子どもたちを「役に立つ」か「役に立たない」かで分けておいて、ということは「役に立たない」子を「役に立つ」と思った子が差別するシステムを作っておいて、差別した子を「思いやりのない子」と言います。疲れや差別にイラ立ちいろいろ表現する子を「がまんできない弱い子」と言います。
ホンネとタテマエという言い方はもう教育界の「常識」になっていますが、これを「システムと理想」と言いかえてみると、少し現状が分かりやすいかと思います。子どもたちには「思いやり」だの「やさしさ」だのと「理想（きれいごと）」を要求しながら、その子たちが乗っかっているシステムは「やさしくしていたら落とされる」という逆の流れで動いているものなのです。子どもたちのとまどい、苦しみ、恐怖は、想像にあまりあります。子どもたちに、「役に立つ」とはどういうことなのか、何のために、誰のために、どう役に立てばいいのか、そういうことを教えてこなかった、あるいは教えることのできない、もっとハッキリ言えば教えたくないシステムを作った教育政策の責任というものは、あると思います。
２．親
次に、いまの子どもたちの親の世代の特徴を考えたいと思います。その一つは、「共通一次世代」、「偏差値世代」ともいわれたりしますが、この世代が子育てや教育の現場にたくさん出ていっているという事実です。一般的には「共通一次世代」とくくられたりしますが、この偏差値世代の子どもたちが、もうすでに親や教師として、いまの子どもたちの前にいるということ、その中で気になることがいくつかあると思っています。いい、悪いの評価を含んだ意味ではありません。前の世代が後の世代を良く思わないことはいつの時代もあります。ここではそういう意味ではなく、いつの世代も、自分の世代の問題点について知ることが少ないから、その世代のことを考えたいという意味です。
その問題に入る前に今の子どもの親の親についてちょっと思うことがあります。「偏差値世代」のその親、１９４６年生まれの私のちょっと前の世代になるかと思いますが、いまの子どもたちから見ると祖父母の世代、この世代がいまの高齢化の中で、けっこう若くて、いまの子育てにもさまざまに口を出したり、参加したり、いい意味で育ててくれたりしています。そういう点でも決していまの子どもたちと無縁ではないのですが、この祖父母の世代の子育ての中に存在したひとつの問題点を考えたいと思います。
この人たちの多くは戦前、戦中に子ども時代を送っております。２０００年の今五十代末から六十代前半の年齢になるかと思います。この世代の大きな特徴として、価値観を「勝つこと」と「がまんすること」に置いた、置かざるをえなかったという事実があります。あらゆる部分で、勝つこと、勝たなければならない、そのためにあるいは別の意味でも、じっとがまんすること、これが、この世代の大きな価値観であったと思います。戦後の日本の高度経済成長を支えたといわれる価値観ですが、「勝つ」ということはきっと、戦前、戦中におとなたちからたたきこまれた部分だろうと思います。そして、勝つための「がまん」と、もうひとつ、戦後になって、戦争に勝つことだけが目標でなくなったにもかかわらず、食べ物も何もないその時代に成長していく中で、物に対してじっとがまんを強いられ、あるいは、しなければ生きてこれなかった、そういう人たちが多いと思います。この親たちの持っている価値観が、いまの子育て真っ最中の偏差値世代に大きく、いろいろな意味で投影されていると、私は思うようになりました。
偏差値世代の人と話をしていて、自分の親をさまざま恨む、あるいは親にいい子を強要されたといって抗議する人たちに出会います。また、恨んではいけないと自分に言い聞かせ、いまのびのびと育つわが子に急にハラを立てたりする人もたくさんいます。いま社会問題化している児童虐待の底の方にこのことは大きくあると私は考えています。そして今更のように、子どもにたいして順番に世代送りのようにおこなわれてきている、圧力、暴力の根っこのひとつにいまも戦争があるんだなということをつくづく感じます。
一方で、この祖父母世代というのは、戦後のある時期から経済的に豊かになっていく日本の社会の中で、教育至上主義を持ってしまいました。高い教育を受けることがそのまま高い経済力を保証するというシステムの中だったから当然といえば当然のことです。昔のように子どもに田畑、土地という形の財産を残せなくなったのですから、せめて子どもを大学まで出してやることに大きな意義を持ったこと、よく分かります。しかし問題は、この中で育てられたいまの親たちが、迷うこと、間違えること、汚いことはダメ、そういう価値観を知らないうちに身につけてしまったのではないかということです。
「迷うことがダメ」という価値観は、仲間の中でちょっと動作の遅い子、彼らのことばで言いますと「トロイ」、そういう子どもをイライラして嫌っていくという現象に現れております。「きたないことがダメ」という価値観は、１９８３年の「横浜〝浮浪者〟殺傷事件」の中で、痛いほど感じさせられました。「くさいことは許せない」そういうことばを当時の子どもたちはストレートに口にしました。何度も言いますが、このときの子どもたちが、いまの親と言っていい世代になっているわけです。野宿している人を襲って、「地下街をそうじする」ほどキレイずきで、人間をキレイ、キタナイで判断して、しかも判断したら殺してもいいと口に出してしまうほどきれいな暮らし、そういうものに価値観を強くいだいていたということです。
「トロイ」ことがダメで「汚い」ことがダメでということになりますと、子どもたちはあらゆることにスピーディに能率よく動かなければならないという状況に置かれたということです。「スピーディに能率よく」ということは、あらゆる部分に反射的に対応する子が求められるわけで、そういう子どもしか学校の中で生き残れなかった、さらにこわいことに家庭の中でも生き残ることができなかった、つまりどこでも生きることができなかったということも言えると思います。 「経済」を考えるということはムダを省いていくということですから、「能率」はこの四十年間、すべてに優先される価値だったと思います。「能率」が子どもの側に向けられたひとつの姿に、幼いころからの「おけいこごと」や、「早期教育」がありました。これは親の見栄がそうさせたのだとも言われたりしますが、必ずしもそればかりではなくて、親の考え方としてすべて早めに対応しておくことが能率的だというのがあったと思います。早く対応しておけば子どもが後で困らないんじゃないかという考えのは今とても広がっています。生身の生きものである子どもに、すべて早めに早めにという「配慮」は、その子どもの大切な子どもとしての時間を奪うことになってしまうのですが、そういうことはあらゆる分野でおこなわれてきたと思います。
結果として子どもをどんどん追い立てることになってしまいました。１９７５年ぐらいから、「乱塾時代」といわれるほど塾が大はやりの状況がはじまりました。私は塾を全否定するつもりはまったくありません。しかし、いま学校のシステムが成り立つための裏の支えとして、塾が存在しているということを、私たちはあまりにも見ないふりをしているんじゃないかと思います。勉強がわからない子どもが、塾で教えてもらうということまで否定するつもりはありませんが、子どもたちの「時間」というところから見ていきますと、ここには、知らんぷりするにはあまりにも重大な問題があるということを、さまざまな「事件」が教えてくれているのではないでしょうか。学校が終わったあと、塾に行く時間の合間、合間が子どもたちの時間ということになってしまいました。子どもとしての時間がこまぎれにされてしまったわけです。そしてこの狭間に、あまりにもぴったりのものとして、さまざまなゲーム機が入っていきました。時間がたっぷりないから、日が暮れるまで野球をやっているとか、もちろん、そんな場所もなくなりましたが、そういう時間は作れなくなっていきました。こまぎれを埋めるものとしてはゲームはとてもよかったのです。時間がなくなったらスイッチを切れば、また次の時間に同じところからはじめられますから。
この中でとても特徴的だと思うのは、「落ちこぼれ」も「優等生」もどちらもがこのゲームに熱中していく傾向が、その中間にいる「ふつうの子」よりずっと高かったのではないかということです。先ほど言いました「役に立つ子」と「役に立たない子」を早い段階で分けていくというシステムの中で、いわゆる「落ちこぼれ」といわれる子どもたちが、７０年代から社会問題になっていきます。私はこの「落ちこぼれ」ということばをおとなの側から見たことばだと思うので、原則として使いません。むしろ「はずされた子」という言い方をします。そして、その反対側には優等生がおりました。この優等生も、私は「はずされないためにしがみついた子」と表現します。はずされた子どもたちは、ゲームの時間はたっぷりとありました。学校からもはずされ、家庭でも関心を持たれない、あるいは持つ力のない親の元に生まれてしまった、そういう子どもたちは、皮肉なことにゲームに集中していく時間はたっぷりあったと思います。そして、ゲームの時間がたっぷりあるということは、具体的にはお金がいるのです。このお金のために、恐喝が、いじめ構造の中で弱い子へ弱い子へと流れていく、お金が動いているところにはまるでハゲタカのように暴力団が寄ってくるという中で、愛知県の五千万円恐喝は起きているんじゃないかと思います。
片方で、しがみついた子どもたちは、小さいときからほとんど遊ぶ体験もないまま、遊ぶ体験がないということは実感と文字で習ったことをくっつける感動をほとんど持てないということですから、学校で習う勉強はほとんど暗記になってしまったと思います。また暗記しなければ間に合わないという勉強のスピードと量がありますから無理もないことですが、その暗記力があるかないかで、何とか「落ちこぼれ」ないためにしがみつくことができたという点が確実にあったと思います。この暗記時間のポッカリ空いた時間を埋めたのが、ほとんどゲームだったと思います。たくさんの事件の中に当然のように「よくゲームをしていた」という報道があります。自分に残されたごくわずかの時間を、それがあまりにもわずかだから、ゆっくり本を読んだり、二時間も三時間もボーっとしていることは許されないから、一番便利なゲームで埋めていったと思います。
そういう意味で、「はずされた子」と「はずされないためにしがみついた子」がどういう状況になったかを示してくれたのが、２０００年になって起きた愛知県での特徴的な二つの事件でした。はずされた子たちを中心にした五千万円恐喝事件と、たいへんな優等生の「人を殺す体験をしてみたかった」殺人事件です。ただ、私に言わせれば、はずされた子どもたちはお金を要求するという法律違反をくり返していきましたが、むしろ、ケンカにしても恐喝にしても相手との関係性においては、必ずしも信頼関係ではありませんが、仲間とのつながりはまだほんの少しは見えるような気がします。むしろ、しがみついた子どもたち、優等生の方が、まわりに何の関係も作れない中で、ということは、自分には誰も関心を持ってくれていないと思うような環境の中で、何の関係もない人を襲うことで現実を確認する、そういう事件をおこしてしまったのではないかと考えます。自分に関心を持ってくれる人がいないと思っている人間は他の人にもそんな関心を持つ人はいないと思いこんでしまいますから。どちらにしても子どもたちにとってこんな形でしか自分の仲間を、あるいは時間をあるいは自分を確認することができなかったとすれば、胸が痛くなるできごとです。そして何の関係もないのに襲われた人のくやしさは想像にあまりあります。
この、はずされないためにしがみついた子ども時代を送った、そういう人が起こしたとしか思えない事件が、９９年にも起きております。いわゆる「全日空機ハイジャック事件」です。１９９９年７月に起きましたこの「全日空機ハイジャック事件」というのは、起こした犯人とされておりますのが二十八歳の男性です。なぜかこの男性の事件も「十七歳」の新聞連載の中にも出てきます。年齢だけから考えても、単に「少年事件」、「十七歳の事件」とは言い切れない証明のような事件です。
私はこの事件はテレビで、あるいは新聞で情報を集めるしかありませんでした。ただ、この事件の第一報というのは、たまたま自宅にいてテレビで見ることができました。まだ羽田空港にブルーのビニールシートが張られていて、その向こう側に拘束された犯人がいるという状況でした。テレビのレポーターが、叫ぶように言っておりました。
「犯人はわけのわからないことを口走っていて、障害がある可能性もあるので、本名も住所も言いません」
と言っておりました。
こういう配慮は大事な配慮だと思います。ただ、この配慮がいろいろなところで極めて恣意的に破られることが最近特に多いこと、あるところでは平気で顔写真も流されたりまた、「この事件は少年法の枠を超えている」と、勝手に（裁判所でもないのに）少年事件の容疑者の顔が出されたりすることに許せないなあという思いをいだきます。
ただ、私がこの時ひっかかったのは、人権に配慮するとかの部分よりも、レポーターの言っていた「わけのわからないことば」というところでした。たしかこんなふうに言っていたと思います。
「この犯人は、五百人の乗ったジャンボ機でレインボーブリッジをくぐってみたいなどと、わけのわからないことを口走っている」ーーーーーー。
私はそれを聞いたときに「またかあ！」と思いました。そして、もしかしてこの犯人の男は、たいへんな優等生ではなかったかと、このことばによってほんの少し見当をつけました。おとなにとって「わけのわからないことば」ではありますが、たくさんの子どもたちに会う中で、幼児期に体験したかったことをできないまま抱えて、身体だけはおとなになっている、そういう若者に会ってきました。そしてこのことばは、真に、幼児が空想するようなことばでした。こういう言い方をずっと大きくなってからもする人たちは、その子ども時代には、そろって優等生でした。幼児のことば、２８歳という年齢ーーーー。もしかしたら子ども時代を持つことのできなかった若者ではないかと、これまで相談等の中で見てきた人たちとの共通点を感じたのです。
後日、たまたまこの事件に関して報道されている番組をみておりましたら、近所にアパートを借りている二十三歳になります息子が、ボーっと入ってまいりました。メリハリのある子ではなくて、気がついたら横にすわっているという感じで入ってきました。東京都内のある私立の大学の二部に通い、ずっとアルバイトをしながらなんとか自分のやりたいことを見つけ出した、そういうのんきな息子です。
この息子が一緒にボーっとテレビを見いたのですが、急に私の方を向きましてこういうふうに言いました。
「エッちゃんさあ」
息子は私のこと「エッちゃん」と言うのですが、
「エッちゃんさあ、この人」
「この人」というのは犯人として逮捕された若者のことですが
「小さいころ飛行機ごっこなんかやったことないんじゃないのかなあ」。
そう言ったのです。私は息子の顔を見まして、「のんき息子のわりには、的を得ているじゃないか」と思いました。
「そう思うよ」
と返事をしますと
「やっぱそうお」
なんて鼻をふくらませておりましたが。
じつはこの「飛行機ごっこ」ということばに、大きなポイントがあると私は思います。この二十八歳の青年は、後で精神障害ではないと判定されたんでしょうが、もちろん、裁判の中での判定はおこなわれるんでしょうけれども、出身の学校から自宅まで明らかにされていきました。テレビの報道を見ていていつも思うのは、どんな時顔や場所を隠して、どんな時出しているのか、よく分からないということです。それぞれの報道機関で基準はあるのでしょうが、ほんとうは裁判が確定するまではその人は容疑者なのです。ただ現行犯とかは別なのでしょうか。よく分かりません。
出身の学校は報道によりますと、思ったとおり、東京都内には一般的に「私立御三家」といわれる有名な中高一貫の私立学校が三つあります。その中の一つを出て、たいへん有名な国立大学を出て、会社に入って、人間関係がうまくいかなくなって退社して、親元に戻って「閉じこもって」いたということが明らかにされていきました。これ以外の最近の事件の中でも、「閉じこもり」「引きこもり」そして、不登校などが大きく取り上げられていきます。そして、事件とそのことがとても関係あるかのように伝えられ、そう思っている人も多いようです。
確かにこの二十八歳の若者は閉じこもっていたようです。しかし、閉じこもり、引きこもり自体は、私は悪いこととは思いません。ずっと走ってきた、いや走らされてきた子どもや若者が急ブレーキをかけて、少々休みたいと思っても当然だと思うからです。休めばいいのです。問題は、あらゆる場面で、つまり幼稚園から大学、社会人になるまでずっと、休むと責められるから、あるいは本人が自分を責めぬいて自分をダメな人間のように思っていくから、おかしなことになってしまうという点です。
考えてみれば、もっとずっと幼い段階で、ゆっくり進むことができたら、あるいは時には休むことも自由にできたらここまで追いつめられることはなかったのではないでしょうか。また、現在閉じこもっていても、それを責められることがなければ、「低いレベルの高校」に入ったらもうそれだけで自分はダメな人間になったなどと思わせることがなかったら、ここまで事件は多くなかったのではないでしょうか。
私はだいたい、幼稚園の「登園拒否」とか、高校の不登校なんて、存在しないと思っています。ましてや大学の不登校なんて、新聞に出ていましたが、びっくりします。不登校の問題は、小・中学校という親に（子どもを）行かせる義務のある段階で、ということは、とても基本的な学ぶ場であるはずの学校に行かれない、あるいは行かなくなることで、そのこと自体よりも、それによってまわりから責めつづけられることにあります。成長過程の子どもが責められつづけたらいったいどうなってしまうのかが問題なのです。同時に彼らに学ぶ場が保障されない、そういう問題が生じてしまうことなどが問題だと思います。そして不登校の子どもたちが次々出現することによって、私たちの社会は子どもを学校（幼稚園から社会まで）という長い土管の中に入れてきたこと、そこ以外に居場所を全く準備できていなかったことを知らされました。
事件を報じる新聞の見出しに「不登校」という文字があると、中味をよく読んで考える前に、「あ、不登校してたんだ、それじゃあ仕方ないなあ」と思ってしまう人がいます。これが問題なのです。
不登校と一口に言っても、ひとりひとりその実際のあり様は実にさまざまです。おとなにはさっぱりわけが分からないけれど、ある日とつぜん学校に行かなくなって何年も自室ですごしている子もいれば、一年行かなかったけれどまたとつぜん行きはじめる子もいます。行事の時だけ行く子もいれば、逆に行事は全部休む子もいます。そんな中で「いじめ」や体罰によって不登校という場合は、私は不登校と言わないで「学校から拒否された子」とか「行かせてもらえない子」とか「学校に行く権利を奪われた子」などと、言います。現状に即して表現していかないと、個々の子どもの事情が分からなくなるからです。
そして問題はここにあると思います。いつもひとくくりにされて、個々の子どもの気持ちとか事情とか考慮されないシステムにあると思います。例えば「いじめ」られている子が学校を休むのはあたりまえでしょう。学校は命がけで行くところではないはずです。
高校中退も大さわぎですが、問題は中退した後、ダメな人のように言われること、中退する子が、まわりの評価の高くない学校に多いこと、つまり学校にあまりにひどい格差をつけていること、中退したあとの「やり直し」がやり易くないことなどにあります。中退そのものは本人の選択だと思います。
二十歳前後で自分の部屋に閉じこもる若者の相談はとても多いです。少し休ませてやりたいと思いつつも、その間にまわりの目に責められつづけ、本人が自分をきらいになっていく価値観を持たされているから、閉じこもっている間に自分をきらいになると同じスピードで逆にまわりを憎悪していくようになることもあって、それがとてもこわいと思ってきました。暴力がここで現れることも現実には多く、今起きている事件にもこのところはよく見えかくれしております。子どもを追いつめた結果としか思えないのですが、それでもやっぱり子どもへの罰を強くしていこうというのでしょうか。
ハイジャックの事件で私がとても気になったのは、近所の人のことばとして報道されていた、「この青年は子どものころ近所で遊んでいる姿を見たことがない」というところでした。このことばはオウム真理教の事件の中でも、あの教団に関係していった、たいへん偏差値の高い大学を出ているというだけで「優秀」といわれた若者たち、その中の何人かが生い立ちの中で「小さいころ近所で遊んでいる姿を見たことがありません」と言われておりました。
現実にこのハイジャックの青年の出た中学・高校に合格しようとしますと、小学校時代遊んでいては入れなかったんだろうと思います。「たるんでいて入れるほど甘くありませんよ」なんていう塾の担当者のことばを聞いたことがあります。私は、子どもにとって大切なものは学校の勉強よりなによりも、子ども時代の遊びだと思っておりますので、遊びを一切犠牲にしなければ入れないような学校なら入らなくていいと心の底から思います。そういうふうに子どもにも言ってきました。子どももそのとおり遊びまくって、ボーっと育っているというわけですが、この子ども時代の「遊び」ということばがやはりこの事件でもポイントだろうと思います。
この青年は、飛行機の操縦席の模したシミュレーションゲームに夢中だったということです。たくさんの方が「シミュレーションゲームなんかやってるから現実感が育たなかったんだ。現実感がないからあんな事件を起こしたんだ」そんなふうに言っておりました。私は逆だろうと思います。この青年は現実感なく育ってしまったから、大学も出て社会にも出てみたけれども、どうしていいか分からないまま、シミュレーションゲームに逃げていたんではないか、そんなふうに考えます。シミュレーションゲームをやっていたから現実感がなくなったというのではなく、現実感なく育ったからシミュレーションゲームばかりをしていたと思います。
では子どもにとって「現実感」とはいつ、どこで、どんなふうに身についていものなのでしょうか。「いまの子どもは現実感を持っていない」と、たびたび言われておりますが、私たち親の立場からすると、いくらそうやって子どもの現状を論評されても、じゃあどうやれば子どもに現実感を身につけさせることができるのか、そこを言ってくれなければどうしようもないという思いをいだいてしまいます。
それをきちんと語ることはとても難しいのですが、私は、とりあえず子どもの現実感というのは、子ども自身は気がついていないけれども、「遊び」の中でしか身につかないと思っております。それも幼児期の「遊び」がとても大きな意味を持つのではないかと考えています。例えば息子の言った「飛行機ごっこ」ということば、これは子どもたちにとってとても大事な遊びだったと思います。「ごっこ」遊びができるということは、「ごっこ」の向こうに「ごっこ」じゃない「現実」があるということを認識できる第一歩だろうと思うからです。
小さな子どもはさまざま「ごっこ」遊びをします。例えば「飛行機ごっこ」に限定して考えてみますと、お天気のいい日におふとんを干して、ふかふかになったおふとんを取り入れて、「どうせまた夜敷くんだから」と部屋の隅っこにたたんだまま置いておくなんてことないでしょうか。私はしょっちゅうやります。子どもにとって部屋の隅っこにたたまれたおふとんなんて最高のオモチャ、遊び場になります。必ずといっていいほど、その上に上がって飛び降りるという遊びをやると思います。親にしたら「せっかく干したふとんがぺしゃんこなるからやめて」とか「下の部屋にひびいて叱られるからやめて」と言いますが、子どもはここで大事なことを身につけているのではないでしょうか。
高いところから飛び降りるとき、子どもは頭の中では飛行機になったつもり、鳥になったつもりなんです。空中に飛び出しても、飛べるんじゃないか、そんなふうに思いながら、思いっきり飛び出します。しかし、空中に浮いたとたんに、地球の引力にとらえられて、ドデンと床に落ちてしまいます。このときのおしりの痛さ、背中の痛さ、打ちどころが悪ければ頭の痛さ、そういう「痛み」という五感によって、頭で思うことと身体は同じように動かないということを認識はしないまま身体に覚えこんでいきます。実はこの種の体験がとても大事なことだったのではないかと思うのです。この種の体験をいろいろな場面で積んでいれば、その後大きくなって、学校とか本とかで得た知識でこのことを学んだときに、頭で考えることと身体は同じように動かないという事実を自分の体験にてらしあわせて一緒にすることができます。これを子どもたちは「分かった」と表現するのではないかと、私は思うのです。この体験がたくさんあればあるほど「分かる」ことも多くなるともいえるのではないでしょうか。逆に、この体験の極端に少ない人は、学校とか本で得る知識を「分かる」と感じることも少なくて、その知識はその人にとっては丸暗記ということになってしまうともいえます。
どんな生きものでも、小さなころ、おとなから見れば無駄としか思えないじゃれあいとか遊びとか、そういうものを経て、さまざま大切なことを身につけていきます。幼いころじゃれあいや遊びをできなかった野生動物が群に入ることがとても困難だということは、もうどんな人でも知っていることでしょう。それでは人間の社会で幼いころ遊ぶことができなかった子どもというのはどんなところにいるのでしょうか。考えたらこれはとてもこわいことのような気がします。学校に入る前にそういった体験をほとんどしていない子どもが多くなっているとすれば、子どもはまわりへの関心や興味や、たたくと痛いこととか、尻もちはとても痛いこととか知らないままボーっと学校に来るということになります。何よりも子どもは不安でしょう。そして「初めて」思いっきりたたかれたり、つきとばされて尻もちをついた時の痛さを知ることもあると思います。教室は恐怖の場になってしまう、言いかえれば、同年齢の他の人間がこわいということになっても当然だろうと思います。
学校というシステムが現状に合わなくなっているとよく言われますが、システムの前提が変わってきているということだと思います。そしてこのことに気付く教員や親が多くなるといいなと私は思います。思い切ったシステムの変更がすぐにできないのなら、せめてその狭間にいる子どもたちにはそれなりの対応をしてやりたいと考えるからです。例えば、思いっきり地域で遊ばせることとか、学校でいきなり「きちんと」ではなく様子を見るとかはできると思います。
遊びという中で現実と非現実の区別をする力をつけることもなく、ずーっと勉強ばかりしてきたそういう人間は、そういう勉強の場を現実だと思おうとするんだけれども、それひとつしかない中ではもうひとつの現実があるのではないかと思う、つまり勉強の方が非現実に思えて、なにか私たちからは考えられない方法で、彼らなりの現実を確認したかったのではないでしょうか。彼らにとって最も非現実なものは私たちからみればゲームです。しかしこのゲームは勉強と勉強の合間を埋めるものとしての意味しか持っていないから、いわば勉強とセットになったものといえます。勉強が自分にとって必要な、意義あるものなら別ですが、実際は「やらされている」、「やるふりをする」ものになっていることが優等生ほど多いと思います。「ふり」は演技であり非現実です。ゲームもいっしょに非現実なものとなります。事件はそれ以外の処に現実を求めたという性質を持っていると、私は思います。
この二十八歳のハイジャックをおこしてしまった青年は、勉強することの中でのみ生きてきた、そういう青年ではなかったのではないでしょうか。そして、本当にジャンボ機がレインボーブリッジの下をくぐることができるかどうか、「現実」を確かめてみたかったんだろうと思います。同じように、今年の連休におきた愛知県豊川の十七歳の少年は、ただドアが開いていたからというだけでその家に入っていって女性を殺したといわれておりますが、「人を殺す体験をしてみたかった」と言ったそうでございます。彼らのことばは考えてみれば実に正直なそれではなかったかと思います。正直すぎて、私たちには分からないのでしょう。おとなは子どもを形だけで見るから……。
これらのことばは、彼らがどんなところにいるのか、またおとながそのことのこわさをいかに知らないかを教えてくれます。それは彼らが自分がいままで生きてきた学校と家の中の暮らしに、そのこと自体に現実感を持っていないということを示しているということです。「現実感がない子どもたち」とかんたんに論評されてしまうと、とても困ったことが起きるのはここからです。学校と家庭という子どもたちが生きて育っていく現場そのものに現実感がないということは、子どもたちはどんなに不安でよるべない思いで毎日生活をしているのか、たいへん重大なことを意味していると思います。「現実感がなく育っている子どもたちが多い」という言い方だけで、そのことの真の恐ろしさを考えていかないという、おとなたちのもっと恐ろしい現実を逆に示しているのではないでしょうか。
工事中です
続・アスファルトのたんぽぽ