第1章 なにが起こっているのか
年表を作りながら
２０００年の五月の連休、テレビは一台の高速バスの映像を、徹夜でずっと流し続けていました。その中に動く、少年らしい姿、ボウッと見えるだけで、私は今でもこの少年の顔も知りませんし、名前も知りません。私は心の中で、この事件の犯人が少年ではないこと、これ以上被害が広がらないことを必死で祈っておりました。
あらゆる番組を中止して、ずーっとこれを映し続けるテレビ。異様な光景でした。それを横目に見ながら、机にむかって、年表を作りはじめました。いくつかの事件を、まったく私流の選び方で、自分が気になってひっかかっていたことだけを頼りに、ピックアップしました。そしてこれら事件の犯人と特定された(容疑者のまま自殺をしてしまった場合もありますが)、そういう人たちの生まれた年から事件を起こすまでの時間を一本の線にして、その間に、つまり事件を起こした人が成長している間に、教育の現場で、あるいは教育行政の中でどういうことがおこなわれ、社会的にはどういうことが起きていたのか、少しずつ書き込んでいく、そういう方法で作ました。犯人とされた人の言った、私にとって気になることばを、事件の特徴をしめすキーワードと言い切れるかどうかわかりませんが、とてもひっかかったことばや事柄を、それぞれの事件の後ろに書き出しました。
テレビの映像という、強いインパクトを持つ媒体を前にして、おそらく私たちはみな恐怖と不安という感情で頭も胸もいっぱいになってしまう――そういうことが想像されたからから、冷静になりたい、こんな風潮の中のことだからなおのこと冷静になりたい、と思って年表を作ったのです。いまここで起きているこの事件の後ろには、どんなことがあるのか、いつもその子の育ち方、あるいは家族の状況、そればかりが報道されますが、この子だけの問題なのか、この家族だけの問題なのか、そこをつかんでいないと、自分自身もこの不安に飲みこまれてしまう、そう思ったから、テレビを横目で見ながら、自分の神経は年表の方に集中していきました。
この年表で、すぐ何がわかるということではありません。それほど精密なものでもありません。自分自身が冷静になりたくて作ったものです。二十年近く教育問題の取材を続けてきて、その中で知ったことを、年表の形で整理してみたのです。
、年表を作ってみて、いま思うことは、１９６０年から２０００年までの四十年間というのは、子どもの側から見れば、じつにきびしい選別をされてきた時代だったなということです。私は１９４６年の生まれですから、１９６０年のときは中学二年生ぐらいでした。だから自分の土台となるものはそれ以前にきっとできあがっていたと思いますが、やはり、大学入試ではきびしい選別を受けた世代です。２０００年の今、私よりずっと幼いころからその選別によって育てられた人が、自分の子どもを育てる年齢になって、しかし子どもをどう扱っていいかわからなくなっている。そして、子ども自身、自分が何者なのか、どう生きたらいいか、自分の心の中にわき上がってくる憎しみ・怒りをどこに向けたらいいのかわからなくなってしまって、凶器を振り回しているといった、たいへん大づかみな全体像を自分なりに見たように思いました。
少年法「改正」は逆効果だ !
本題に入る前に、どうしても押さえておきたいことがあります。それは、いま、子どもたちが事件を起こしているとのみとらえ、少年法「改正」を叫ぶ人たち、そういう人たちにどうしても申し上げたいことです。いま起きている事件を子どもの事件だと言うのであれば、この子どもたちの事件の前に、ずっと長い年月にわたって、子どもがおとなからいじめられ、暴力を受け、はては命まで落としていった、いわゆる児童虐待の事実があるということです。その中で暴力を教えられていった、暴力を見習っていった、そういう子どもたちの現実があるのではないかということです。
6月10日付(2000年)の毎日新聞に、警察庁のまとめとして、1999年に起きた児童虐待の件数は924件と報道されていました。この数は1994年の7倍にあたり、その中で事件化されたものは120件、検挙された者130人、亡くなった子どもの数は45人とありました。二段ぐらいの小さな記事でした。
私の手元には、1998年秋に、愛知県子ども虐待防止ネットワーク・CAPNAという市民団体が出した「子ども虐待データーブック」という本があります。『見えなかった死』というタイトルがつけられています。この本によると、1996年に86人、1997年にはじつに104人の子どもたちが、親または近親者によって命を奪われているというのです。どういう範囲で虐待による死亡と判断したのか、その判断によって死者の数は変わってくると思いますが、数の違いをどうこういうつもりはありません。じつに多くの子どもたちが、身近な大人にいじめられ、暴力を受け、死の直前までいっている、そういうことが想像される数字だということを言いたいのです。死亡数45人だって、ものすごい数字です。ましてや104人なんて、ゾッとする数字です。けっして「慣れて」はいけない数なのです。おとなは、子どもがおとなを殺すと大騒ぎしますが、子どもがおとなによって命を奪われたとき、どこか反応がにぶいように思えてしかたがないのです。こういう比較は単純化しすぎるかもしれませんが、去年一年間に子どもがおとなを104人も殺していますか。
大騒ぎをした和歌山カレー事件、これは裁判が継続中です。犯人が特定されたわけではありませんが、あの事件でも子どもが被害者になりました。加害者の側に、死ぬのが誰でもいい、という感覚がもしあったとして、子どもがたくさん来る夏祭りに、そういう事件が起きてしまう、ということは子どもが被害者になってもかまわないという事件でもあったわけです。そして事実、子どもが犠牲になりました。昨年(1999年)、佐賀県、ちょうどバスジャックを起こした少年が生まれ育った同じ県で、親に保険金をかけられ、海に沈められて殺された中学生がいます。どんなにこわかったことでしょう。どんなに切なかったことでしょう。考えるだけで涙が出てしまいます。
こういう事件は毎日のように報道されていますが、バスジャックのように大きくとりあげられることは少なくて、冷静さがあります。少なくともマスコミのさわぎ方には。ましてや被害者の側を見る視線は、「かわいそうねえ」といったものが圧倒的に多くて、大人が子どもに殺されたときのようなショックも怒りも感じられないと、私は思っています。子どもは殺されても多くの場合、ものが言えないままいるのだと思います。
こういう状況の上に、いまたくさんの事件が起きている、そういうふうにとらえていかなければならないと考えます。子どもだけ罰していく、さらにその罰則をきびしくするという方法ではますます子どもに、おとなのふところの深さ、やさしさ、それは伝わらなくなっていくのではないか、つまり逆効果ではないかと考えます。私は少年法「改正」に反対を表明しつづけてきましたが、それは子どもへの罰を重くするのは子どもがかわいそうといった話ではありません。もっと積極的に、「改正」をすると事件が多くなるという危機感を抱いているからです。
「少年法」は、あくまでも法律ですが、「法」というものはどんなものでも、その時代の社会の願い、思想を反映するものだと思っています。多くの人々が集まって社会を創り、うまく運営するためにできるだけ冷静になろうとして、長い時間をかけて作られてきたのが「法」の根本だと思います。そういう意味では現行少年法は、子どものまちがいをまちがいとして保護し、再びやり直すことができるというチャンスを与える思想を持っております。そう、この「やり直し」こそ、これからのキーワードだと思っています。今、起きている事件の多くは「やり直し」ができないシステム、あるいは「やり直し」ができないと思い込まされた青・少年が起こしていると思うから、さらに「やり直し」を不可能にしていく思想や法律は逆効果だと思うのです。
親子関係の崩壊－年表から見えるもの １
いま、子どもたちが起こしている事件を、いわゆる少年の事件といわれるものと、年齢的にはあきらかに少年ではない年代の人たちが起こした事件を比較してみたときに、気になることがいくつかあります。まず、親子関係に関して、昔の人が口にしたような「親子の絆」とか「親子の愛情」とか、そういうものがこっぱみじんに砕けてしまうような事件が、三十代半ばの人たちによって次々と起こされております。
１９９５年に明るみにはオウム真理教にからんで「地下鉄サリン事件」などが明るみに出ました。この教団に参加した人たちの年代はじつに幅が広く、まさに「少年」にあたる十代から、二十代、三十代、分別ざかりの四十代、五十代の人もおいました。入った動機もいろいろのようですが、問題になったのは親との関係を切りたくてここに入った、という点でした。
その前年、１９９４年には、つくば市で〝エリート〟の医師が自分の妻と子を殺して横浜港に捨てるという事件もありました。人の命をあずかるはずの医師が起こした、しかもマイホームを建て、幸せそうに見えた家族の中のすさまじい暴力の事件で、心が寒くなりました。
２０００年、今年の初めには新潟で、女の子を九年間にわたって監禁しつづけたた三十七歳の男性が逮捕されました。年老いた母親がこの三十七歳の息子の暴力におびえ、あるいはその息子に服従して、事件は十年近く表に出ませんでした。もちろん監禁されたその女の子、その家族、被害者の側の人たちの悔しさ想像にあまりあります。しかしここで一歩ひいて、犯人の男とその母親の親子の関係を考えたときに、年代の違いにもかかわらず、事件を起こした十七歳、十四歳との間に共通点があると思います。親への「憎悪」が感じられるのです。
親はわが子を愛していると言いますが、その愛情の対象である子どもは必ずしもそう思っていないということです。親の「愛」がからまわりしていると言えばいいのか、「愛」の実体が「親自身への自己愛」「打算」だったりすることが現実には多くなっているということです。それは「家族」というものも幻想にすぎなかったのではと思わせられる事件だということです。どこがズレたのか、どこが先行きのわからない幻想になってしまったのかは、後で書いていきます。
人間関係がつくれない－年表から見えるもの ２
次に、人間関係作りがとても苦手で、外に出て人と対等な関係を作ることがとても困難になって、一見したところ、とても信じられないとみんなが思ってしまうような事件になってしまう、そういう共通点もあります。
１９９９年、東京・文京区で春奈ちゃんという二歳の女の子が、同じ幼稚園のお母さんの「友だち」に殺され、死体を遺棄されるという事件がありました。この事件は、当初「お受験」がらみなどと報道されましたが、「お受験」ももちろん大きな要素だとは思いますが、私は事件の犯人が自首したというニュースを知ってすぐ、お母さん同士の人間関係に事件の根っこがあるだろうなと思いました。当事者のお母さん同士という意味では全くありません。もっと幅広くいまのお母さん同士と幼い子どもたちをめぐるつきあいが原因ではないかと思いました。お母さん同士が、公園とかさまざまなところで群れ集まりますが、その中にある、人間関係の作り方のすさまじさ、あるいは、私から見るととてもおかしいと思われるつきあい方が原因ではないかと思ったのです。
自首してきた犯人の女性は、やはり三十五歳ですが、当初動機について聞かれ「ひとことではとても言えません」と言っておりました。そうだろうと思います。そのとき誰かが憎くて、その人にひどいことを言われて、あるいはその人の持っている何かを奪いたくて、そしてその人を殺した、などという単純な事件ではありません。「動機は？」なんて聞かれて、スラスラとしゃべれるような状態ではないと思います。そして、三十五歳にもなって、そのことの意味を他人にきちんとしゃべれない現実、その中に埋没してしまっている自分に気付くこともできなかったという点で、この女性は「少年事件」を起こした人たち共通の点を持っていたといわざるをえません。
子どもたちが「いじめ」という関係作りの中で、人とつきあうということは、「その人に一切ノーと言わない、ノーと言ったら人間関係が切れてしまう、拒否することは、同じクラスの仲間、同じ町内に住む人であっても、人間関係が切れてしまうんだ」とそう思いこんでいることを知りました。この三十五歳の女性も、きっと子ども時代、そういう「いじめ関係」、私から言わせますと、いじめによる方法でしか関係が作れなかった、そういう中で育った方ではないかと想像しました。そして誰かに何か言われたときに、「私はそれをしたくない」「私はキライだ」という意思を表明すると、相手に対してとてもひどいことになる、そういうふうに思い込んだのではないでしょうか。同じように考える若いお母さんたちがたいへん多いのです。人間関係が、彼女たちのことばで言いますと「煮つまってしまっている」のです。
あるとてもイヤな人がいるんだけど、その人にたいして「イヤだ」と言うことができない、「イヤ」と言うことはとても悪いんじゃないかと思ってしまう、さらにその人の子どもと自分の子どもが一緒に遊んでいる「お友だち」であった場合、「自分たちの関係がまずくなると、子どもの関係までおかしくしてしまう、そしたらうちの子に〝お友だち〟がいなくなってしまう」そういうふうに考えて、じっと自分の本心を心の中にひそめてしまう、そういう人たちがたくさんいます。このことは逆にいえば、その人とうまく離れるためには離れられなくしている原因を消してしまおうという考えにつながるということです。
本来子どもは、親同士の関係が良かろうと悪かろうと、その中で自分もその人の子どもとの関係を良くしたり悪くしたりしながら育っていくものであって、子どものために自分の感情をおさえこんで「うまく」つきあおうとする必要はまったくないのに、「いい母親」「いい親」というのは、さまざまな感情をおさえこんで子どもにいい環境を作ってやる人のことだと思い込んでいる人はたくさんいるのです。そして自分が「いじめ」関係の中で育っていても、おとなの年齢になればそのことを克服して、ちゃんと個人対個人の関係が作れる、となっていないところに問題があるといえます。この事件は、どう被告の心を思いやろうとしても、やはりひどい「いじめ」の事件だと思わざるをえないのは、被告人が「煮つまった」関係の相手に直接向かわないで、幼い女の子にその感情を向けていったという点です。その一点でこれはやはり大人になり切れていない三十代半ばの人のことを示す典型的な事件ではないかと私は思います。つまり、年齢から考えれば「少年事件」ではないけれど、事件の要因となったものを考えていけば大人の起こした「子どもの事件」になるということで、これが９０年代に入ってからのさまざまな事件の共通点だと思います。
この文京区の事件に関して、私のところにたくさんのファックスや手紙がきました。被告人とほぼ同年代のお母さんたちでした。そして、このお母さんたちは「やったことは決して許されないことですが」と必ずことわりがきを入れたあと、「やってしまったあの女性の気持ちがわかる」と書いてこられました。
私は、これらのファックスを見ながら、十七年前のある事件を思い出しました。私が子どもの問題に深くかかわりはじめるきっかけになった、１９８３年、横浜で明るみに出た、いわゆる「〝浮浪者〟連続殺傷事件」という事件です。十七年たった２０００年のいま、また東京でホームレスの人たちが、ある特定の少年グループに襲われているらしいという報道もなされていて、とても気になります。その点ではこの十七年間、私たちの社会は少しもよくなっていないし、子どもたちの置かれたところを考えれば、ますます悪くなっているといえるでしょう。横浜のこの事件に関して本を書いたあと、私のところにたくさんの大学生から手紙がきました。そのほとんどはいわゆるたいへん有名な大学の、問題ないとされた優等生からのものでした。そしてこの手紙が、今回の「春奈ちゃん事件」に関して、私のところに寄せられたファックスの文面とじつによく似ておりました。「やったことは許されないけども」と書いたあとで、「野宿している人を襲って殺してしまった少年たちの気持ちがわかる」と書いてきました。さらに「僕も同じところにいたらきっとやってしまったと思います」などと、自分の気持ちに重ねて書いてありました。
ここで考えたいのは、いま事件を起こしている、たとえば十四歳、十七歳の子どもたちと、オウムや新潟の監禁事件、春奈ちゃん事件や、つくばの妻と子を殺してしまった犯人たちの年齢関係が、ほとんど親子といってもいいのではないかということです。ちなみに横浜で襲撃事件をおこしていった少年たちは、当時十四歳から十六、十七、十八歳でした。十七年後のいま、三十五、六歳あるいは四十歳になっているのではないかと思います。大きな幅をとって年代で区切って、それだけでものごとを判断する気はもうとうありませんが、親子といってもいい年齢差があるにもかかわらず、共通点があるということ、人間関係作りがとても苦手、というより関係を結ぶことができないという点があるということです。関係を結ぶことができないということは、逆にいえば関係を切る切らないもとても苦手ということです。あいついでいるストーカー事件など、ひどく一方的な人間関係を要求したあげくの事件も、関係作りができないという同じようなところから起きていると考えざるをえないのです。そうしたときに事件を起こした人たちの年齢の幅を考えれば一目瞭然ですが「少年事件」とは言い切れないと思います。
「年表から見えるもの３」
年表を作り上げて、もちろんまだ書き込んだりを続けている最中ではあるんですが、じーっとながめていて、またひとつ気がつきました。
それは、１９９０年代の初頭ぐらいから、事件の表に出てくる性質が大きく変化しているということです。
８０年代までは、いじめとかさまざまなことは起きておりましたが、自殺が圧倒的に多かったのです。８５年には福島県いわき市で佐藤清二君という中学三年生が自殺をしました。８６年には「学校は生き地獄になっちゃうよ」という遺書を残して東京都中野区の鹿川君が自殺をしました。もちろん、いじめによると思われる自殺はいまも続いております。なくなったというわけではありませんが、その後の事件のように街に出て、なんの関係もない人を次々襲って、殺してしまうような事件は多くはありませんでした。
そういう意味では８３年に横浜でおきた野宿者を少年たちが襲ったという事件は、きわめて特徴的な事件でした。今から考えると、その十年後を先取りしたといえばいいのか、きわめて先がけ的な事件でした。ただこの事件は、襲った人が「誰でもいい」というわけではなく、野宿をしている人たちでした。街を歩いている人を無差別に襲った９９年９月の東京・池袋通り魔事件とか、山口・下関駅でホームにいた人を次々襲った事件とも違います。野宿者だけがねらわれた事件でした。だから、無差別というよりは野宿者だけが「層」としてねらいうちされた事件です。襲われた人がいろいろというより、むしろ襲った側がいろいろな少年たちだったという点で、今起きている事件と被害者と加害者の性質が逆になってはいます。
ただこの時は、被害者への熱い思いは、いまほどには報道されなかったと思います。いまは、事件が起きますと、被害者側の顔がずっと追いかけられていきます。判決のたびに一審、二審、最高裁と死刑でなければ気がすまない、そういう被害者の気持ちは分からなくはないのですが、それらがあまりに大きく報道されていきますと、私は皮肉な思いで、横浜の事件を思い出してしまいます。このときも、野宿している人が襲われ、殺されたのですが、いろいろな経過を経て野宿生活をしている人たちには、テレビに出て「冗談じゃない」と涙を流して抗議してくれる家族もいなかったのです。被害者が〝普通〟の人ではなかったから感情的な怒りにならなかったのではないでしょうか。中には「地下街をそうじしてやっただけだ」とうそぶく少年たちをほめる人だっていたのです。〝普通〟の〝市民〟が襲われたらあんなにまで怒って、襲われたのが野宿者だったらさほど怒らないとすれば、その差別感そのものが子どもたちを苦しめ、二十年近くたった今、次々と事件を起こしているともいえるでしょう。大人が「いじめ」を認め、助長していたのですから。
８３年のこの事件をのぞけば９０年ぐらいまでは自殺事件が多かったという状況が年表から見えてまいりました。それに対して、、９０年代なかば以降からは大きくみて「他死」、「他死」というのもへんな話ですが、あえて「他殺」と言わないのは意味があります。他の人を殺しているのですから法律的にも事実としても他殺なのですが、加害者が少年の場合、他人を殺すことで、自殺してしまっている（体は生きていても）と考えられる部分もあるのであえて私はこんな言い方をします。
９７年には神戸でいわゆる「酒鬼薔薇事件」が起きました。９８年には栃木県黒磯市で十二歳の中学一年生が教師をナイフで刺した「教師殺害事件」が起きました。これは個人的な側面もあると思われますが、特に１９９９年からは全日空機ハイジャック事件、下関駅殺傷事件、京都・「てるくはのる」の事件、２０００年になってからは愛知・豊川の女性殺人、佐賀のバスジャックなど次々と、何の関係もない人に向かって刃物がふりあげられております。
この変化に理由があるのか、あるとしたらそれはなんなのか、それをきちんと言うことはなかなかむずかしいのですが、８０年代ぐらいまでの子どもたちに、特にいじめなどの取材で出合っていて特徴的だと思ったのは、幼いころ同年代の子どもとおもいっきりケンカしたり、追いかけあったり、そういう「群れで遊ぶ」という体験が極端に少なくなっていることでした。彼らはケンカの方法を知らないということを感じました。また、ケンカをしてはいけないという意識がたいへん強いように思えました。「ケンカしたくないからシカトする」「ケンカになるとイヤだから、イヤなやつとはだまって離れる」と口にする子どもが多く、そういう中に「いじめ」が見えかくれしておりました。９０年代になって、特に９０年代の終わりごろになって、青・少年急に外に出てすさまじい暴力をふるうようになった、その間になにがあったのか考えてみました。社会的には、８０年代なかば以降、いわゆる経済危機、バブルとその崩壊がありました。そのことからさまざまなことを考えることもできるかと思いますが、私はもっと子どもたちの身近なところで、８０年代の末に子どもたちの間に大きく広がったゲーム機というものの存在を重視しています。
ゲーム機で長時間遊ぶことによって、子どもたちが心理的にイライラして、落ちつかなくなって、おこりっぽくなって、そして事件つながったというような、大ざっぱな言い方ではまったくありません。もっと単純なことです。つまりケンカの方法を知らなかった子どもたちが、ゲームによってケンカの方法を習ったのではないかということです。
子ども同士が直接ぶつかりあう中でのケンカは、どんなにすさまじいものであっても相手の「痛い！」という悲鳴や泣き声や息づかいが聞こえます。こっちも生身のからだで全身で表現します。殴ったりしたときに皮膚の感触もあります。子どもたちはその関係性の中でギリギリのところで暴力を止めることも学んでいったと思います。しかし、ゲーム機の中の暴力は、自分がまちがっても、ひどいことをして相手を結果的に殺しても、ボタンひとつで復活させて、またやっていくことができる、その中で暴力の様相だけはすさまじいものを見て、感じて、方法を知っていきます。
もちろん、子どもたちにインタビューすれば、大半の子どもが「ゲームと現実の区別ぐらいわかっている」と言います。そうだろうと思います。ゲームのようなことがおきるなんて考えていないでしょうし、起こしてはいけないと大半の子どもは思っています。だから「ゲームなんかやってるから心が荒れて、あんな事件を起こすのだ」といったたぐいの批判に対して、子どもたちは強く反撥するのです。
しかし、生身の人間同士がぶつかりあう、子ども同士のケンカを体験した人がゲームを見たときと、幼いときからぶつかりあう体験が極端に少ない子どもたちがゲームを見たときと、受けとりかたに大きな違いがあるのではないかと私は思います。そして私たちおとなは今になって、信じられない、つまりおとなが見たこともないような暴力のすさまじさを見せられているのではないでしょうか。「信じられない」というのは、人間同士が生身でぶつかっておこなっていたケンカ、遊びの中ではおこりえない、そういう「新しい」種類の暴力を子どもたちが外に示し始めたということへのショックを示すことばだと思います。
これら事件の羅列の中の大きな特徴として、９９年５月の連休中に愛知県の豊川で６０歳代の女性を殺した十七歳の少年は「人を殺す体験をしてみたかった」ということばをはきました。このことばはとても重大な表現だと私は思います。現実に人を襲ったとき、どんな音（声）がするのか、どんな感触があるか、自分の五感で体験してみたいという要求は、ゲームをやりながらだんだん強くなっていったのではないでしょうか。９０年代半ばを境として、子どもたちの事件がおとなの目からみてますますショッキングになっていった大きな理由のひとつに、この部分があるように私は思います。たっぷりと幼いころケンカした体験のあるおとなには、人を刺したり殴ったりすることがどんなにひどい状態になる行為か、すぐ思いあたります。しかし体験のない子どもは、その時の相手の苦しみ、絶望感、恐怖すら想像もできなかっただろうと思います。そして「体験」なんて悠長なことをいっていられない現実として、一人の大切な生命が失われても、その時心の中で自殺してしまった、あの世に行ってしまったその子にとっては、その痛みはその時は全く他人事、この世のできごとにすぎないのではないでしょうか。
愛知県の三つの事件－年表から見えるもの ４
９０年代から事件がやけに愛知県に多いなと感じます。もちろん、全国各地で都市でも、田舎でもさまざま起きているわけですから、愛知県だけの問題ではもちろんないのですが、たいへん特徴的な三つの事件が９０年代になって愛知県で起きている、その点には私は注目しております。
まず９４年に、愛知県西尾市で、大河内清輝君のいじめによる自殺がありました。いじめの自殺はそれまでも各地でたくさんおきていますが、事件がひときわ大きくとりあげられたのは、ひとえに大河内君が書いたあの克明な遺書があったからだと思います。子どもが自殺しても遺書がなければ「いじめ」による自殺と確定できないのです。そして９９年には、同じ西尾市でストーカー殺人というのも起きておりますが、これは典型的な三つのうちの一つということではありません。典型の後の二つは２０００年に大きく報道された事件です。西尾市のすぐ近くの豊川市でたいへんな優等生が、お年寄りを殺しました。先述したとおり「体験してみたかった」と言った十七歳の事件です。同じころ、マスコミを大きくにぎわせていた事件、名古屋市でのいわゆる「五千万円恐喝事件」です。
いじめによるとはっきり分かる自殺と、たいへんな優等生による、私たちにはハッキリ理由もわからない、なんのつながりもない人への殺人と、たいへん高額な五千万円という恐喝が同じ県で、十五歳ぐらいから十七歳の男の子たちによって引き起こされているということに、教育をずっと取材してきたものとしては、ある種の思いをいだかざるをえません。愛知県は、私たち教育問題を取材するものにとって、たいへん興味深い県でした。二十年近く前には、大きく取り上げられたのですが、「愛知の管理教育」というのは全国的にも有名でした。１１９７０年代に吹き荒れた、いわゆる校内暴力への対策として、何よりも子どもたちをきちんと勉強させなければいけない、そのためには、勉強をじゃまする生徒をきちんと〝教育的〟に抑えていくというやり方で、体罰もたくさんあったといわれています。管理教育についてはさまざまな報告も本も出されておりますので、関心のある方はそちらで読んでいただきたいのですが、私は、この学校での管理がたいへん子どもたちを追いつめたととらえております。そして、その中の体罰の中に暴力の方法を学んだ子どもも多いと考えております。１９６０年から２０００年の四十年間、子どもたちが厳しい選別をされ続けたと冒頭で申し上げましたが、そのもっとも典型的な形が愛知県に現れているといってもいいと思います。
管理教育の問題点は、子どもたちの自発性に信頼を置かないというところにありますが、現実には子どもを分類するところから始まったと私は思います。分類・分析が管理の第一歩なのでなのです。どの分野においても。そして子どもたちはいつの間にか「問題のない優等生」と、はじめから問題があるとレッテルを貼られて受け入れられることのおそらく少なかった、いわゆる「落ちこぼれ」といわれる子どもたちの二つに分けられ、その両極端にいた子どもたちがそれぞれ、たいへん重大なこ事件を起こしたと思えてしょうがないのです。これらについてはまたあとで詳述したいと思います
続・アスファルトのたんぽぽ