青木　悦の本

はじめに
　子どもたちがからむ事件が次々と報道されて、不安になった親たちから私のところにたくさんの相談がよせられます。何年か前までは、相談の中身の大半は、「うちの子がいじめにあうのでは」というものでした。いまは、とくに2000年の5月の連休をすぎたころから、高校生の男の子を持つ母親たちからの「うちの子がすごくイライラしている、カバンの中にナイフを持っているのも見つけた、事件をおこすのではないか」というたぐいの相談が多くなっています。
　ある方が、「うちの子十七歳なんです。どうすればいいでしょうか」と言われました。十七歳だからどうすればいいでしょうか、と言われましても、なんとも答えようがないのですが、あまりにたくさん報道される中で、不安になる気持ち、わからなくもないのです。ただ、以前の「うちの子いじめられるのでは」という不安は、むしろ自分の子どもの方は、ある程度つかめているという印象が強かったのですが、今、「わが子が事件を起こすのでは」という不安を訴えてくる方の気持ちの中には、さらに子どもがわからなくなって、もっとハッキリ言えば、わが子が信用できなくなっているんじゃないかと思われるものがあります。
　かつてよく「うちの子に限って」という考え方が批判されましたが、この言い方は、わが子を客観的には見ていないという問題点がある一方で、見方を変えれば、わが子への強い〝信頼〟はあるということでもあります。それがいま、「うちの子が人を傷つけるのでは」という不安を抱えてしまうということ、それは、そのことを子どもに問うこともできない「信用」とか「信頼」ということばが空疎になってしまうほど、親と子の関係が稀薄になっているということです。
　高校生の子どもを持つ方ばかりではなく、まだ子どもが二、三歳なのに「乱暴で、このままいったら誰かにケガをさせて、損害賠償をしなければいけないのではないか、そう思うととても不安でたまらない」と言った声も、若い母親からありました。子どもが事件を起こすと自分たちがその社会的責任を負わなければいけないと、そのことがつらいということでしょうが、この背景には、一切トラブルを体験したくない、あるいは、トラブルが恐いという思いが見えます。子どもを育てるということはトラブルの連続であり、子どもを産むということはそのトラブルを覚悟の上のことだと私は思っていたのですが、こういう不安を聞いていると、本来その人はどういうつもりで子どもを産んだのだろうと、こっちが不安になってしまいます。また、二、三歳の子が「乱暴」なんて、あたり前だと思いますし、こんな頃から「乱暴」を抑えてしまうから、大きくなって〝事件〟になることも多いと思うのですが……。
　もちろんマスコミの報道の仕方にもいろいろと問題はあると思いますが、私はいま起きている事件を「少年事件」だとは、まったく思っておりません。五月二十五日付の「ふぇみん（婦人民主新聞）」に「いま起きていることは〝少年事件〟ではない」という見出しの一文を書きました。（資料1)
　たしかに２０００年の五月の連休には、愛知県豊川市での十七歳の高校生による女性殺害事件が起きました。また、佐賀県の十七歳の少年が、西鉄高速バスをジャックして、刃物をふりまわして、死者も出るという事件も起きました。その事件をなぞるように、神奈川県では、電車の中で寝ている人をやはり十七歳がカナヅチで殴る、そういう事件も起きました。以来、十七歳の事件としてとりあげられ「十七歳の闇」という連載ですとか、「十七歳の謎」とか、そんな報道がおこなわれて、十七歳ばかりが、浮きぼりになっています。
　私ぐらいの年代の人間にとって「魔の十七歳」ということばは、もう四十年前になりますが、当時社会党の委員長だった浅沼稲次郎さんを十七歳の右翼の少年が刺殺した、１９６０年の事件と結びつきます。この時も「魔の十七歳」と大騒ぎでした。だいたいこの年代の子どもというのはいつも不安定で、何らかの危険なものを持つといえます。
　しかし１９９７年には、神戸で十四歳の少年によるいわゆる「酒鬼薔薇事件」というのが起きて、このときは「魔の十四歳」なんて言い方がされていました。そのとき「少年の犯罪を起こす年齢がどんどん下がっています。昔は十七歳でしたが、いまは十二、十三、十四歳です」と言っていた人が、いま「十七歳はやはりこわいです」なんてテレビでしゃべっていました。いつもたいへんショッキングな事件がおきたとき、その年代の子どもたちをひとくくりにして「魔の十四歳」「魔の十七歳」、こんな言い方がされていきます。もともとこのころは「魔」の年齢、十七歳ぐらいの子どもは、その子自身にとっても「闇」の年齢なのですが……。
　いま起きている事件の「闇」がもし深いものであるとしたら、それは「少年事件」ではないということにあります。つまり、もっとずっと上の年代、三十五歳前後、1960年代なかばぐらいに生まれた人たちから、長い年齢の幅で見ていかなければいけない問題があるのではないかということです。いま起きていることが「少年事件」であればどんなに対応がラクなのにとさえ、私は思います。いまの状況は「少年事件」の範囲をはるかに越えた、むしろ人間の作った社会の根っこがズブズブに腐っていることを示しているのではないか、そういう危機感を抱いています。
　「少年事件」というと十九歳まで、その中で少年法の「改正」が言われて、刑事罰を適用する年齢を十六歳から十四歳に下げるという話も、国会で出されたりしております。マスコミの一部では、もう意図的としか思えないほど「少年事件」の被害者ばかり取材して、そのまま少年法の「改正」に流れていく動きもあります。もちろん被害者のくやしさ、つらさは当然のことです。また現行少年法に被害者への配慮が無いという問題点はあります。しかし、大人の起こした事件に対しては、ここまで感情的に報道されることは少ないように私は思います。「少年」に対してはとても声高になり得るようで、その姿勢そのものに弱いものいじめの流れを感じてしまいます。
　ついでにもう一つ言わせてもらえれば、百歩譲っていま起きていることが「少年事件」だとして、その少年たちを事件に追いこむ大きな原因の一つをマスコミも作っていることに知らんぷりをしていることが問題なのです。暴力、暴力的・差別的な性表現などを、子どもを対象にして創り、流し、売っている、その一部の出版社・新聞社・テレビ局などが、そのことへの反省もないまま、今度はその子どもたちを責めることが、とてもくやしいのです。
　そんな中で、いま起きている事件について、さまざま思うことを書きたいと考えていました。ただ、自分が取材に行っているわけでもないし、それら全てをルポする体力も時間もない状況ので、どのような形でまとめられるかという迷いがありました。そこで五年前に、やはり坂本鉄平事務所から自費出版した「アスファルトのたんぽぽ」という本、これは「いじめ」について書いたものですが、その続編の形でまとめようと決心しました。
　私は、もう何年も、とくに「いじめ」を中心とした子どもたちの問題を語りながら、全国を回ってきました。講演の形がもっとも多くて、その回数は数え切れないといっていいほどです。そういう中で、その地域のさまざまな問題点を考え、参加した人たちの悩み、苦しみも聞き、その間に、報道された大きな「少年事件」について、少しずつ資料を集めてきました。この時代について、とくに教育の問題について、電車でノロノロと旅をしつつ（飛行機がこわいので）、見つづけ、感じつづけ、考えつづけてきたような気がします。そういうところから、自分の実感を踏まえて、いまの状況について書いてゆくつもりです。